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喜びあるサプライズ

皆さん、こんにちは! やっと春らしく暖かい陽気になって来ましたね。 長いところでは10日間休みがあるようで、もうゴールデンウイークに入っている方もおられるのではないでしょうか? 皆さんはどこかに行かれる予定はありますか?

毎年家内は実家のご両親と2~3日旅行に行きますので、私は東京に戻り留守番の予定です。 家内も東京に出て十数年経ちますが、子供達がまだ小さい頃、父の急逝に伴い私が大阪に戻らなければならない様になり、それ以来東京大阪を行き来する生活になってしまいました。

家内においては子供達が小さく手のかかる年代だったので年に一回も大阪へ戻れませんでした。

その子供達も大きくなり少し手が離せる様になりましたので、2年ほど前からその様な旅行に行くことになったのです。

非常に良いことだと思いますのでその時期だけは必ず東京に戻り子供達と過ごす様にし、家内には親子水入らずで旅行に行ってもらっています。まぁ私は空いた時間で好きな舞台でも見に行こうか?と考えているところです。

私達夫婦は今年で結婚25年目と云う節目の年を迎えます。 紆余曲折があった25年でした。お互い若くして結婚をしすぐに子供が出来ましたので新婚生活と云うのがあまりなかった様に思います。 私もまだ若くまだまだ遊びたい年頃で、時代もバブル期と云うことで景気もよく、今思えば殆ど家庭を顧みなかった感じがします。

約5年の間に子供が3人になり、ますます家内は子育てに追い回される様になり、私も少しは手伝っていたとは思いますが、やはり遊ぶ方も一生懸命で、当時はよくぶつかっていました。今思えば自分勝手なことばかりよくしたものだと自戒の念にかられます。

この年代になって遅いのかもしれませんが、時代が変わり年を重ね多少の苦労を重ねて来るとその愚かさや人の痛みがようやくわかる様になって来ました。

今はどちらかと言えば自分のことより家内や子供達に何かしてあげたい、喜ばせてあげたいと云う思いの方が強くなっている感じがします。 家族が喜んでいる姿を見るのは嬉しいものです。

最近会社で作った合い言葉があります。それは「世界一、喜びあるサプライズを提供出来る企業になろう」と云うものです。 閉塞感のある現代にあって仕事をするにしてもどこか事務的でやらされている感のある無機質な行動が多くなっている様に思います。 その様な気持ちで行動していても相手の心に響くことは決してありません。

そうではなくて、主観的な考えから何か相手を喜ばせてあげよう、何か相手をビックリさせてあげようとして行動した場合、相手の気持ちに変化が出て来るのではないかと考え、私達は今全社的にプチサプライズの渦を巻き起こす行動を奨励しています。

何事においても全て人が基本ですのでこの様な考えで接すれば互いの気持ちが通じ良い方向に向かうのではないかと思います。

これからゴールデンウイークと云う方も多いと思いますが、良い休日をお過ごし下さい!

事業仕分け第二弾

皆さん、こんにちは! なかなか春らしい陽気になって来ないですね。 これだけ寒暖の差が激しいと体調管理が難しいのではないでしょうか? 十分体調管理にはご注意下さい。

最近の天候はあたかも今の経済動向の様な感じがします。 3月年度末の大手企業の決算を見ると思っていた以上に業績が回復基調にある様です。 しかし景気浮揚の兆しはあるものの中小企業など足元ではまだまだ肌寒いといったところではないでしょうか?

私達の会社においても利益改善は進んでいるものの一方で売上は目標より下回っているのが現状です。 私達は6月決算ですので残り2ヶ月強最後の追い込みと云うところです。

さて、今週から事業仕分け第二弾が始まりました。 私の感想はやらないよりやった方がいいと云う程度です。 何故なら仕分け資料そのものが財務官僚から出ているもので「この辺りに無駄があります」と云うのを受け、短期間で調査をし約1時間の議論でその方向性を出すと云うものですから多少の改善にはなっても根本的な問題解決には至っていないのではないでしょうか? そもそもの出発点が間違って出来上がった上に立って議論がされている感が否めません。

独立法人や外郭団体が出来てきたのは、崇高な理念の元設立されたものがあることは否定しませんが、その多くは特別会計を作りそれを用いて官僚の天下り先として設立して行ったものでいわゆる我欲に他なりません。

まず特別会計が本当に必要なものか?否か? 不必要と判断すれば全て一般財源に入れる。

次に独立法人などで行っている事業が本当に国民にとって又国益や国の財産として行わなければならない事業なのか? 必要事業と判断されれば本当に国が行わなければならない事業なのか? 国がやらずとも地方や民間で出来ないのか?

その様な本質のところでまず仕分けを行い思考プロセスを踏んで結論や方向性を導いて行かなければ、問題の解決には至らないと思いますし解決スピードが遅れるだけです。

日本はここ20年なんのビジョンもなく無作為に歩んで来てしまいました。 もうそんなに時間があるわけではないと思います。

抜本的に政治、官僚制度の無駄を除去して利益の出やすい体質に1日も早くしなければなりません。 小さな政府にしなくてはならないのです。そして利益の中から膨大に膨れ上がった借金の返済の道筋を立て、教育、年金などのセーフティーネットを充実させ可処分所得を引き上げなくてはならないと考えます。

又並行して今後何を持って成長戦略を描いていくか?そこには投資して行くと云うことも当然必要になってきます。

従って小手先の事業仕分けを行っていても追っ付かないと思います。 これを行う位なら7月に参議院議員選挙がありますが、少し乱暴ですが定数を半分にした方がよっぽど効果がある様に思います。

国も会社も同様ですが、今あるところから議論をするのでは、利害関係などで真の解決策は見えてきません。 まず人が介入しない本質のところで議論を積み上げて行くことをしなくてはいけないのではないでしょうか?

道徳

皆さん、こんにちは! 中国から無事帰って来ました。 中国も肌寒かったですけど、日本はそれ以上に寒いですね。 今日は東京にいますが、少し雨が降っていて、もはや真冬並みの寒さです。

4月中旬にこの寒さは記憶がありません。 やはり異常気象なのでしょうか? ここ2週間ほど青空を見てない気がしますが、早く春の日差しと共に青空を仰ぎたいものです。

ついこの間この様な光景を見ました。 電車でのことです。 70歳過ぎ位のおばあさんが、若い女の子2人の前近くで吊革を持たれ立っておられました。 若い女の子2人は気にする素振りもなく何やら2人で楽しそうに大きな声でペチャクチャと話しています。 マナーや礼儀をわきまえている若い人も当然おられますが、何やら最近この様な光景が多くなったなぁと感じるのは私だけでしょうか?

ここで皆さんに質問です。これは天国と地獄の話しです。 実は天国と地獄ではそう大差があるわけではありません。 一つ大きな大きな釜茹でがあって、そこにはうどんが人数分入っています。 しかし、それを食べる道具は長い長い箸が一つあるだけです。

天国におられる人はいつもお腹いっぱい食事をし、心豊かに過ごしています。 かたや地獄におられる人はいつもお腹を空かせていて喧嘩の絶えない毎日を過ごしているそうです。

さて皆さんはどのようにして大きな釜茹でから長い箸を使って食事をしますか?

その答えは、まず長い箸の先におられる人にうどんを自らとって食べてもらい、次に同じようにして食べさせてもらいます。

ですから天国の人達はいつもお腹を満たすことが出来、地獄の人達は我先にと食べようとするので、いつまで経っても食べることが出来ず喧嘩ばかりしていると云うことだそうです。

ある人の言葉に「奪い合えば憎しみ、分かち合えば安らぎ」と云うものがあります。

今の時代は様々な環境変化から人の心が荒んでいる様に感じます。

時代が人をその様にしたのか?人が荒んで行ったからこの様な時代になったのか?はわかりません。 人は聖人君子ではありませんので紆余曲折あって当たり前ですが、出来るだけ外的要因に振り回されない心を持ちたいと日々自分自身を諫めているところです。 今の時代だからこそ「分かち合う心」が大事な気がします。