• HOME > 
  • ブログ

引き際

皆さん、こんにちは!

一時は涼しくなった様に感じましたが、またここに来て、夏の暑さが戻った気がします。

ただ、朝晩は幾分か、過ごしやすくなり、確実に季節は進んでいる様に思います。

さて、今週は島田紳助さんが、芸能界を引退をするという、衝撃的なニュースが飛び込んできました。

現在、民主党の代表選があり、次期国のリーダーを決めるという有事があるにも関わらず、発表の翌日は、各スポーツ紙は1面トップ、5大紙においても1面掲載をしているところがある位で、正に社会的ニュースとなりました。

それだけ影響力が大きく、国民の関心事ということなんだろうと思います。

今回の引退劇については、賛否両論あると思います。

私はという、無双の才能を持っておられ、正直勿体なく、残念という気はありますが、今回の引退については、不可解で美学とは思えません。

何故なら、まず一つは、トラブルの解決方法です。

どれくらいのトラブルかは、本人しかわかり得ませんが、それが例え大きかろうが小さかろうが、一般人の私達には、その様なルートはなく、我慢強く、合法的に王道を持って解決して行くしかないんだろうと思います。

会社も長年やっていますと、嫌がおうなしに、そういった問題に大なり小なり巻き込まれることがあります。

弊社においても、この激流の時代にあって、数年前に約1年近く、よく似た問題を抱えてしまいましたが、幸い誰にご迷惑を掛けることなく、1人で解決することが出来ました。

まして、コンプライアンスがうるさくなった昨今において、大企業に成長をした吉本興業さんには、多くの顧問弁護士がおられると思いますし、吉本興業における紳助さんの位置付けから考えると、優先的に解決する為に動いてくれるのではないか?と考えるのですが……

会見からでは分からないですが、何か、会社に相談出来ない事があるのか?と勘ぐってしまいます。

また、辞め方についても、余りにも唐突で無責任、強引な感じがしました。

テレビ側、スポンサーにとっても、青天の霹靂だと思いますので、その対応に右往左往することになり、多大な損害を発生させてしまうことになります。

今は、島田紳助というネームバリューや吉本興業という力関係から、双方で契約に載っとり、おとしどころを探ると思いますが、小さい会社なら、「あなたところのタレントは安心して使えない」とか「使ってもいいけど、ギャラを安くしないと…」など、その後輩の門を狭くする結果になります。

この様なことから、今回のことは不可解であり、美学と思えないのです。

実に、人の引き際とは難しいものです。

会社員は、決められた定年というものがありますので、一応のメドをつけることが出来るわけですが、芸能界、スポーツ界、など定年というものがない業界においては判断が難しく、自らがある年齢に達すると基準を作っておかなくてはならないかもしれません。

中小企業においては、社長業もこれにあたるかもしれません。

私も50才を過ぎ、残された時間が短くなって来たと、若干焦る気持ちになる時があり考えることがあります。

私自身の引退基準として、漠然と思っていることは、掲げたビジョンが達成されて、継続成長が成されると確信出来た時か、又は、会社や社員の成長に対する情熱がなくなり、先を見る目に誤りが生じ、具体的な対策が湧かなくなった時は、もはやその任にないなぁと考えています。

いずれにせよ、誰もが、いずれ通らなければならない道ではありますが、私は、出来るのなら、あとに続いてくる人達の為に、広い道を残してあげたいものだ思います。

忘れられない一言~屈辱編~

皆さん、こんにちは!

今週も暑かったですね。

昨日、東京は35度を超えていましたが、今日は雨模様で天気予報では、暑さも和らいでくるそうです。

今暫くの我慢といったところでしょうか?

盆休みも終わり、仕事が始まっている方々も多いと思いますが、後半戦のスタートです。

気を引き締めて頑張って行きましょう!

さて、今日は「忘れられない一言」ということで話しを進めたいと思います。

人には、それぞれ記憶に残る、嬉しい一言や屈辱的な一言などがあるものだと思います。

私はどちらかというと、物事をポジティブに受け止める方で、屈辱的な一言は意外とないのですが、唯一忘れることの出来ない、怒りを覚える言葉が、仕事で1度あります。

それは、平成18年1月20日。

事業変換の折、売上、利益の不安定から、返済計画変更の相談で、メインバンクの担当者を訪ねた時のことです。

支社長室に通され、担当者と資金計画について、色々と相談をしていました。

前年の11月にも一度、融資をして貰ったばかりでしたので、交渉が難航し、担当者の判断では、難しいとのことで、支社長と相談をしてきますと席を立ちました。

暫く待たされ、支社長が部屋へ入って来るや否なや、半ば怒った感じで、 「何なんですか!社長、折角の金曜なのに!!」

この言葉が私にとって、忘れることの出来ない一言です。

「折角の金曜なのに」ってどういうことや。 いくら、メガバンクの支社長と云えども、この程度の人物かぁ。 自分さえよければ、それでええという感じやなぁ。 こっちは、人生も財産も全てを賭けて仕事をしてるというのに。 今日の交渉は大変なことになるなぁ。 しかし、こちらの思う通りに必ずしてもらわなければ、明日はない。 中途半端に妥協は絶対出来ない。

これが、当時の私の心の声です。

そこから、支社長との押し問答が始まりました。

支社長 「何なんですか!11月に融資したところじゃないですか?どんな資金計画をしているんですか!!」 「もっと、財務3表を勉強しなさいよ!!」

当時弊社は経理が主体で、起こったことに関する記帳は、抜群でしたが、管理会計や財務という概念がなく、やかましく言ってはいましたが、資金計画表は一応あるというレベルで、当時の会計事務所も同様の考えでした。

そこで、私自身ノートに時系列で、必要売上、利益、回収、決済などをこと細かく書き、それを元に全体を進めていましたので、私の中では、11月に融資、1月に返済計画の変更は折り込み済みでした。

ある程度、経理学院にも通っていましたし、勉強もしていましたので、理解してはいましたが、支社長の言葉をきっかけに財務3表の本を買い、その後、再び徹底的に勉強しましたが…

現在では、TKC加盟の会計事務所に変更をして、また、弊社の経理においても、概念がようやく変わって来、スキルアップもされて来たので、問題はなくなりました。

私 「資金計画はあります。その中で、売上・利益が従来事業の性質上、不確定な部分が多く、新事業は売上は伸びているものの、利益面において、在庫、人件費、販売運賃などがかさみ利益が圧縮されているのが現状で、このままでは、返済計画に問題が生じる可能性があるから相談に来たのです。急激に売上・利益が増加されれば、問題は少なくなりますが……」

支社長 「従来事業と新事業の売上・利益推移の裏付け資料はありますか?」

私 「これが、その裏付け資料です。従来事業は売上・利益とも昨年対比の10%ダウンで見ています。新事業については、まだ昨年のデータがありませんので、ここ数ヶ月の売上・利益から今後の推移を出してあります。」

支社長 「追加融資では駄目なんですか?」

私 「従来事業の売上の目減りと新事業の売上の伸びから考えると、新事業はこれからのことで伸びるとはわかっていても、いつにどれくらい伸びるのか?は不確定で、確実なことは、従来事業が目減りする方です。ですから、そちらを主眼にして返済計画を進めたいので、追加融資より返済計画の変更をお願いしたいのです。」

支社長 「バブル崩壊後、ようやく立ち直り、現在東大阪の中小企業は業績が良くなってきてるのに、社長とこだけですよ!!」

私 「支社長、今は大手企業を中心に、各企業がスリム化を図って利益が出る体質にしてるだけで、これは一過性のものです。ここから、売上・利益を上げて行く仕組みが出来た企業だけが生き残り、そうでない企業はじり貧になって行くと私は考えています。その様な時代なんです。私達は幸か?不幸か?創業事業の性質から、早くに対処しなければならないだけで、必ず遅かれ早かれ、東大阪の中小企業が疲弊する時が来ます。」

その後、リーマンショックに端を発し、12,000社あると云われた東大阪の中小企業が6,000社になってしまいますが…

支社長 「社長は甘過ぎますよ。そんなことしていたら、会社が倒産するじゃないですか!!他と一緒で社員を半分にしたらいいじゃないですか?そして利益を出る体質にして、それで返済して下さいよ!!」

私 「私の給料をゼロにしてでも、そんなことは出来ない!!彼らにも生活があります。そして、次の会社の成長を担うのも彼らです。コシオカ産業は今年で終わるわけではありません!!」

支社長 「社長の給料をゼロに出来るんですか?」

私 「そうすれば、私のいう通りにしてもらえるんですか?」

支社長 「………」 「社長の給料をベースに連帯保証枠を設定してあるので……」

「わかりました。返済計画の変更をしましょう。但し、今後問題が生じた場合は、担保物件の家屋を処分してもらうことになりますよ。」

この辺りで、鞘を納めんと仕方ないか、と思い話をまとめたのです。

最後に支社長曰く 「頼みますよ社長、もし社長とこに何かあったら、私がクビになるじゃないですか」

耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、今、私に出来る抵抗として、「支社長もクビが掛かっているかもわかりませんが、私は本物の首が掛かってますので……」と言って銀行をあとにしたのです。

今、会社が成長過程に乗りつつあるので、言えることではありますが、この言葉、経験は有難く、貴重だったと思っています。

当然、それにより勉強もし、より以上に発奮出来る材料になったからです。

そして何よりも、覚悟が定まったからです。

人は、時に不安になることが、しばしばあります。

これは、その経験から中途半端や中ぶらりんだから、その様に感じてしまうのだろうと思うのです。

一つの方法として、その時は、一度ド~ンと下まで落ちて、逃げ道を無くし、地に足をつけたら、心が落ち着き、覚悟が定まり、もうあとはやるしかない!ということになるんだろうと思います。

何かのきっかけで、覚悟が定まれば、道は見えると思うのです。

今は、この支社長に感謝です。

百年の大計

皆さん、こんにちは!

まぁ、暑い日が続きますね。 今、私は東京にいます。 先週、先々週と東京に戻れませんでしたので、久しぶりの東京ですが、こちらもホント暑いです。

今日から盆休みという方も多いと思いまが、熱中症には十二分に注意をしてお過ごし下さい。

さて、先般、講演会で興味深い話を聞きましたので、今日はそれをご紹介したいと思います。

人は、それぞれ思い入れや固定観念というものを持っています。

しかし、時として、それが自身の行動や成長、決断の妨げになっている場合があります。

先般の講演は、 「長寿企業に見る共通点は?」 というものです。

データによると、日本において、100年以上の長寿企業は20,304社、200年以上は1,241社、500年以上になると34社だそうです。

長寿企業に見る共通点は、変わらないものと変わるものが明確にあるということだそうです。

では、変わらないものとは何か?

それは、「企業理念」、「のれん」という、いわゆるその会社の根幹をなすものだけです。

変わるものとは何か?

それは、「事業内容」、「販売方法」、「顧客」、「業務方法」、「仕入先」などだそうです。

言い換えれば、事業、販売方法、顧客など、時代の変革に合わせた形で変えて行かなければ継続はないということを意味しているわけです。

このあたりは、日本人の気質からして、理解し難いところかもしれません。

特に、仕事においては、一つの事をやり通すことが「この道、一筋」という様に、美徳だと考えるところがあります。

その昔、私が33か34歳頃、今から15年位前、この事については当時社長であった親父と、日常茶飯事で激しい議論をしたものです。

「社長、今の間に新しい事業、新しい顧客を創造することに力を注いだ方がいいと思う。」 と私が言うと、決まって親父は 「お前は色々なことを考え過ぎや、俺はこの道一筋や」と。 そこで私も決まって、 「たまたま、時代の後押しがあって、めしを食べさせて貰っただけやろ、今のままやったら、5年10年で社員も家族も守られへん様になる」と。

ここまで行くとその後は、互いの想いがあり、熱くなり、喧嘩になります。

今思うと懐かしい感じがします。

親父は懐の深い人でしたので、何回か上述のことを繰り返す内に、想いが強いと感じくれたのか?了承してくれました。

そして、1995年から新規事業の創造を掲げ、日々朝礼で社員と共に唱和し、推進して行きました。

しばらくして私の中で、この顧客は次のステップにおいて、コア顧客になる可能性を秘めているという、お客様と出会うことが出来ました。

しかし、その新しい顧客は、当時弊社のNo.2のお客様の売り先、得意先だったのです。

ただ新しい顧客は、規模も大きいので実質的に、従来のお客様にご迷惑を掛けることは殆ど無いという状況です。

親父(社長)、担当者(現弊社営業部長)の出した結論は、従来のお客様を通じて、新しい顧客に販売をするということでした。

私は烈火の如く、猛反対をしました。

会社が、その1年でやめるというなら、反対はしませんし、同等の新しい顧客が直ぐ生み出せるというなら別ですが、これからの時代の流れ、また時間軸を長く会社の継続成長を考えた時、私には従来の顧客をとるという選択肢は、100%あり得なかったのです。

さすがに、こればかりは、なかなか親父は首を縦に振ってくれません。

これもまた、当然です。

場合によっては、従来のNo.2の顧客を失うことになり、売上も一時的には大幅に減少させることに繋がります。

そのあたりは私も十分理解していますし、その覚悟は当然あります。

結論が出ません。 業を煮やした私は、最後の賭けに出ました。 私はこの様に親父に言いました。

「社長も、社員、家族のことを考え思っている様に、私もまた、社員、家族のことを考え思っている。ただ、決定的に違うのは、時間軸の長さです。 今の社員、家族も、現在においても、将来においても、幸せになる権利を持っています。 その環境をどの様に作って行くか?がトップがやらなければならない最優先の仕事やと私は考えています。 顧客は当然、大切であり、感謝しかありません。 しかし、どうしても、決断をしなければならないのなら、私は何の躊躇もなく、社員、家族が現在、将来幸せになれるであろう環境を選択します。 どうしても、社長が従来顧客を選択するのであれば、私は会社を辞めます。 何故なら、それでは弊社に明日はないと考えるからです。 私にも最低限守らなければならない家族がいるので…」

この様な話を親父にしました。

親父は一言「わかった」と。

それから随分年月が経ちましたが、その時の新しい顧客が、今現在においてはコアのお客様となり、そのお陰で、この様な時代にあっても比較的順調な推移をしていて、何十人の方々の生活を安堵してくれています。

また、取り引き当初から、数年経過した後、販売方法を変更して苦労はしましたが、これも幸いして売上、利益とも計算が出来る状態になっています。

これが、形付いたので、当時の担当者の給料ベースを大幅に引き上げてあげることも出来ました。

当時のNo.2のお客様はというと、現在売上にして当時の1割以下です。

もはや、その利益から1人の生活もまかなうことは出来ません。

先般の講演を聞いて、日頃社員に話していることが、確信に変わりました。

私達が、守らなくてはならないものは、「経営理念」と「社是」だけ。

他はなんでも変えられるんだ。

また、変えて行かなければならないんだと、よく話をします。

「顧客」、「仕入先」、「販売方法」、「業務方法」、「生産方法」、「会計方法」、「管理方法」などなど。

私達でいう社是は、先代社長が構築した創業精神であり、経営理念は私が構築した、追い続けて行かなくてはならない方向であり、永遠の目標です。

この2つが守られなければ、コシオカ産業ではなくなるのです。

逆にいうと、他がどの様に変わろうが、経営理念と社是を守り続けて行く限り、それは、コシオカ産業なのです。

これは、従来のお客様を蔑ろにするという意味ではありません。 当然大事なお客様です。

しかし、そのお客様様も、その上には市場があり、更にその上には、時代があり、これら天の声に背いては成り立ちません。

私達は、謙虚に天の声に耳を傾け、日々10%、20%でもいいから、次の時代、成長に繋がる仕事をやらなければならないんだろうと考えるのです。

これからも、親父が創った社是、創業精神と経営理念を守り、ブレず、その他はアグレッシブに変化させながら、少しでも、社員の生活の向上が実現出来る環境を築き続けたいと思います。