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タイムマシン

皆さん、こんにちは!!

年明け間もない訳ですが、また、痛ましいニュースが飛び込んできてしまいました。

アルジェリアにおいてプラント開発に携わる日揮という日本企業の社員の方々が、テロ行為に巻き込まれ、無惨にも尊い命を奪われてしまいました。

何故、その様な目に遭わなければならないのか?

それを考えると、いたたまらない気持ちになりますし、世の無常を感じてしまいます。

自分達の目的達成の為には手段を選ばないという考えや、それに伴う暴力行為は、断じて許すことは出来ませんし、腹立たしい思いです。

また、アルジェリア政府からも情報が少なく、正確な所はわかりませんが、自国のプラント開発の為に、遥か遠く様々な国々の技術者達が一生懸命働いてくれています。

もっと当初から安全性を確保出来なかったのか?

救出作戦において、もっと人命を尊重した作戦はなかったのか?

表面だけの情報ですと、少々の犠牲を払っても、力で制圧するという作戦ではなかったのか?

自国の為に、力を貸して頂いている各国の技術者達です。

もっと救えた命があったのではないか?と思うと残念でなりません。

二度と、この様な痛ましい事件を起こしてはなりません。

……さて、……気持ちを取り直して、本日はある方の金言をご紹介させて頂きたいと思います。

私達の仕事においても参考になるのではないか?と思います。

その方は、漆芸家の大場松魚(おおばしょうぎょ)という方です。

1982年に人間国宝に認定され、96才で亡くなられるまで、「1分1秒でも速くやる」という精神を生涯貫き通したそうです。

その金言とは

私は時計と競争する。

人間は「この仕事をこの時間までに仕上げるんだ」と決めれば、グッと時間を短縮することができる。

だから、仕事を速くしようと思えば、目標時間を決め、それに対して集中攻撃を仕掛けることだ。 そうすれば、いくらかでも速くなる。

そうやって時計に逆ねじを食らわせるような意気込みで仕事に向かうことが大切なのだ。

と、おっしゃっています。

仕事を本当に好きでやっている人は、極わずかであろうと思います。

しかし、私達はお客様から、お金を頂いている以上、間違いなくプロです。

プロとしての心構えは斯くあるべきだと思います。

少し飛躍しますが、時間を速く速く突き詰めて行くと、論理的には未来へ行けるそうです。

いわゆる、未来へ行けるタイムマシンです。

それには、光のスピードを超える必要があるといいます。

今、現代での文明では不可能かもしれませんが、いずれ光のスピードを超える乗り物が発明されれば、タイムマシンは可能になるかもしれません。

想像を絶しますし、私の頭ではついて行けませんが、何か夢のある感じがします。

私達の仕事においても、通常では考えられない程のスピードを持って、仕事をして行けば誰よりも早く、その業界の未来を見ることになるかもしれませんね。

変化の年

皆さん、こんにちは!!

今週私は、首都圏のお客様の挨拶廻りもあり東京にいます。

それにしても月曜日、成人の日の天候は異常でした。

首都圏では昼前から雪が降り始め、暫くすると大雪に替わり、あれよあれよという間に数センチの雪が辺り一面を覆いました。

私も午前中、買い物があり、雨だったので車で出掛けることにしました。

用事が済んで帰る頃には、一面雪景色で大吹雪という有り様です。

この急激な変化には、流石に驚きましたが…。

まぁ、家まで近かったので、何とかなるだろうと安易に考え、車で帰ることにしましたが、その道中の坂道で1時位、立ち往生になり、大変な思いをしました。

幸い大事に至らず、普通なら20分位の所を3時間位掛けて、自力で家まで帰ることが出来ましたが……。

やっぱり、舐めて懸かってはダメですね。

天気予報でも注意を促していましたので、対応をしておくべきでした。

火曜日以降は、所々雪は残っているものの、比較的穏やかな気候が続いて月曜日の異常気象が嘘の様な感じです。

さて、上述の様に私は今週、挨拶廻りをしていましたが、安倍政権以降、俄な高揚感が出始めていますが、東京においても実態経済は芳しくないのが実情だろうと感じました。

しかし、この2013年、間違いなく潮目が変わったことは事実です。

株価の上昇、急激な円安、大型補正予算など……。

時代、市場という川を大きくするのも、小さくするのも、水量を豊富にするのも、減らすのも、水流を早くするのも、遅くするのも、そして……川を無くすのも、作るのも、全て政治主導によって成されます。

政治は、今の世界動向を鑑み、私達が仕事を委ねる市場経済の環境を、どの様に整え、民間活力を生み出すか?が大きな役割の1つです。

私達は潮目が変わったことを認識し、自身が携わる仕事の環境がどの様に変化するのかを見極める必要があります。

そしてそれに呼応する対策を速やかに実行し、その環境に順応出来る形を整えておかなければならないと考えています。

遅ければ意味がありません。

潮目が変わった今、「形に替える」スピードが最も重要です。

巳年は、変化の年と言われています。

12年前はアメリカ同時多発テロ、24年前は日本において、昭和天皇が崩御され、平成の世に替わりました。

今年は、前々回のブログでも記述しました通り、日本も含め各国主要国の指導者が替わり、新たな枠組みが出来る年です。

皆さん、私の月曜日の様に対応が遅くれたら大変ですよ。

この変化をチャンスとして捉え、いち早く順応出来る体制を構築し、更なる飛躍へと結びつけて行きましょう。

子供教育

皆さん、こんにちは!

今週、大阪では少し寒さも和らいで比較的過ごし易かったのではないでしょうか?

私達の会社は7日スタートでしたので、今週は慌ただしく行事を消化しましたが、いよいよ「2013年が始まった」と気を引き締めている所です。

さて、年明け間もないということですが、早々にショッキングなニュースが飛び込んで来ました。

大阪の桜宮高校において、体罰を苦に男子生徒が自ら命を絶ったというものです。

高校入学時には、親子共々、希望と期待に胸を膨らまし、広がる未来を想像していたはずです。

そんな事を考えると、そのお子さん、親御さんの無念さは計りしれませんし、残念でなりません。

学校として、先生として、自分の生徒の未来を、この様な形で奪った事に関して、言語道断、断じて許せない、そんな思いです。

今回の事は、言い訳の許されない結果を招いてしまった訳ですが、「教育における体罰」というのは、賛否両論あり難しい問題でもあります。

アメリカにおいては、「体罰はNO」という風潮が広がっています。

家庭のしつけにおいても、万が一、親が子供を叩いている所を誰かに見られたとすると、児童虐待ということで、場合によっては警察に通報されることもあるそうです。

しかし、一方で中部や南部の保守的な洲では法律で体罰を認めている所もあるということです。

やはり、この「教育における体罰」はどこの国でも難しい問題の様です。

私が思うに、体罰の大きな問題は、肉体的苦痛よりも精神的苦痛にあります。

体罰を受けることで、屈辱や侮辱、人としての尊厳が著しく傷つけられてしまいます。

そして、それを受ける人の考え方や感受性、ストレス耐性は人によって違いまので、当然ながら、精神的苦痛の度合いも人によって大きく変わってしまいます。

これは、体罰を受けた本人にしかわからないことです。

従って、一概に体罰が良いとか悪いとか、30発だから悪い1発なら良いとか、何か基準を作らなければならないとか……人は千差万別、一人一様です。

そんな単純な物差しで人を嵌め込むこと事態、ナンセンスだと私は思います。

言葉で言うならば、まず人として尊重をする事、そして、各々の性格を把握した上で、愛情を持って、その人にあった指導や教育をするという事につきます。

そういった、包容と慈愛、見識、見聞を持った人が先生にならなければならないと考えます。

良い先生も沢山おられますが、そう考えると、体罰云々と議論するよりも、先生の質の向上、採用の 在り方、学校教育の在り方を突き詰めねばならないのではないか?と思うのです。

体罰については、アメリカで次の様な調査結果があります。

36000人を対象に60年前に遡って体罰の影響を調べたものです。

それによると、短期的には命令に従うなど効用は見られるものの、長期的に見ると、攻撃的性格になる、反社会的行動に走る、精神的疾患を発症するといった傾向が強くなるということだそうです。

そして私達、親は誰よりも子供の性格は把握しています。

私達、親が出来る事は、特に、子供の思春期に当たる、中学進学、高校進学という岐路において、まず子供の性格に適応した環境で学校生活を送らせてあげる様にするということだろうと考えています。

私の3人の子供達は20才を越えています。

兄妹といっても性格はバラバラです。

その昔、進学という岐路において、まずその子の能力の範囲である学校を何校か見学に行きました。

そこで、校長先生や教頭先生、主任先生に学校方針や考え方を聞かせてもらい、学校内を見学させて頂きました。

そしてその子の性格に合っているであろう何校かをピックアップして、最終的には本人に決めさせて受験をしました。

能力よりも、その子の性格に合った環境を重視したのです。

それが良かったか?どうかは定かではありませんが、3人共、多感な思春期を比較的順調に成長してくれました。

また、親は子供にとって最大の理解者であり最大の相談相手でなくてはならないと思います。

幸い、私の家内は子供達とは仲が良く、友達の様な関係で、子供達はあまり隠さず話をしている様に思います。

それにより、子供の微妙な変化も見逃さずに来れたのかなぁと感謝しています。

今の時代、学校側だけに全てを押し付ける風潮がややもするとある様に感じます。

親だから出来る事、しなければならない事、学校だから出来る事、しなければならない事、また、双方協力することによって出来る事、しなければならない事が存在するはずです。

理想かもしれませんが、今一度、学校教育の在り方を見直し、親も参画協力をして、体罰やいじめがなく、大事な子供達を学力も去ることながら、心身共に成長させる、そんな子供教育を作り上げて欲しいものです。