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インプットとアウトプット

皆さん、こんにちは‼︎
本日はまず皆様方にお詫びをしなければなりません。
先週金曜のブログ更新の際、弊社のプロバイダー変更に伴う不手際から、金曜日の1日だけブログがアップされ、その後、消去されてしまいました。
お読み頂いています皆様にご迷惑をお掛けしました事を深くお詫び申し上げます。
そして、今後、この様な事態が起きない様、細心の注意をし取り組んで参ります。
引き続き、これからも宜しくお願い致します。

さて、話は変わりますが、今週は天気予報通り、寒の戻りがあり、花冷えの日が続きました。
体調は崩されていませんでしょうか?
私はというと、今年はホント花粉症が酷く、また、若干風邪気味のせいか?ずーっと鼻声が続いている状態で、何かスキッとしません。
一方、東京におきましては、早くも開花宣言が出された様です。
これから少しずつ暖かくなって行く中で、私の体調も良くなって行くのではないかと思っています。
体調の崩しやすい時期です。
皆様方におかれましては、どうぞお身体をご自愛下さいませ。

さて、最近、時間がない中でも本や小冊子を良く読みます。
特に、東京ー大阪間の車中、往復5時間が私にとっては読書タイムです。
何十何歳になっても、知識や教養を高める努力はしなければならないと思っています。
かくゆう私も、若い頃は全くといっていい位、本を読みませんでした。
漫画もあまり読みませんでしたが、読むといったら雑誌やスポーツ新聞でした。
本格的に本を読み出したのは、父が亡くなり、社長に就任をした40歳からです。
紆余曲折の社長業において、幾度となく、本に勇気付けられ、救われたものです。
それからは、定期的に読書をしています。

読むジャンルはというと、歴史には興味がありますので、童門冬二氏の歴史小説は好んで読みます。
その他、名のある創業社長の自叙伝や著書、そして、一番多いのは、やはり、今直面している課題に関する実務系の本です。
今、本の大切さを実感しています。

このブログに関しましても、私の経験則や実務系を引用して‥‥創業社長の薀蓄ある言葉を引用して‥‥という具合に、これらを基にして書かせて頂いています。
おそらく、このブログをご覧の皆様方の中にも、若い頃の私の様に、本を読まない‥‥本を読むのが苦手という方もおられるのではないでしょうか?
そういった事を考えると、本を読まずとも、このブログを読めば、仕事に関する実務や考え方などをある一定の基準で把握出来る‥‥その様にしてあげたいと思い、僭越ながら書かせて頂いている側面も私の中にはあるのです。
ただ私の自戒も含め、出来るなら若い頃から本は読んだ方がいいと思います。
しかし、その場合、注意をしなくてはならないのは、頭デッカチにならない事です。
特に若い頃は、知識が先行し、行動や結果が付いていかないケースが、ままあります。
そういった方々は周りの人から、「アイツは愚痴っぽい」「口だけ‥‥」という様に評価されてしまうものです。

要は、知識というインプットが、結果というアウトプットより、上回ってしまっている状態です。
私も漸く、今までの経験や知識(インプット)より、行動や結果(アウトプット)が上回って来たと実感している所です。
そうなると、自身は変わったと気付かなくても、何故か?周りの評価だけが高くなっていると感じる様になります。
インプット→アウトプット→評価、これらの一連の流れは、気付かない内に、自然と巻き込まれながら、私達は人生を歩んでいるのです。
赤ちゃんの時、約2年間はインプットの時期です。
そしてアウトプット‥‥今まで蓄えた知識を吐き出す様にしゃべり始めます。
周りの人達は、自分の子は天才だと言わんばかりに、手放しで喜び、褒め称えます。
(私もそうでしたが‥‥‥)

小学校、中学、高校、大学‥‥‥先生方から沢山の知識がインプットされます。
そして試験というアウトプット‥‥これにより評価を余儀なくされます。
ある一定の基準に達しないと赤点になり、それが続いてしまうと、もう1年、同じ学年でインプットされるという具合です。
社会人になっても、それが繰り返されます。
この様な経緯を客観的、俯瞰的に見てみると、どうもこの世の成り立ちは、インプットとアウトプットで測れる感じがします。

しかし、何もこれを窮屈に感じる事はありません。
何故なら、もはや、好むと好まざるに関わらず、私達はこの成り立ちの中で自然と巻き込まれているからです。
ならば、それに流されるのではなく、「インプットよりアウトプットが少しでも上回らなければならない」という事だけ、意識すれば十分です。
何も分からず流されるのと、分かった中で行動をするのとでは、時が過ぎて行く過程で、雲泥の差が出るモノです。
これを意識し、続けて行けば、必ずある一定の基準以上のアウトプットが出来る様になります。
そして、もっともっと大事な事は、自分が分かる様になる事です。
いくらインプットを重ねても、ある一定の基準以上のアウトプットが出せない‥‥或いは、出すのに時間が掛かる‥‥。
しかし、一方で少ないインプットでもある一定の基準以上のアウトプットが簡単に出せる‥‥こんな事にも気付くはずです。
これが、あなたの個性であり、資質であり、天性であるのです。
これを続ければ、楽しむ内に、勝手に周りの評価だけが上がっているという状況になります。

全てが100点の人はこの世に存在しません。
それぞれが、デコボコながら、その人にしかない特徴がキッとあるはずです。
これを見つける為にも、インプット→アウトプットを意識し行動してみて下さい。
自分自身の新しい発見があるかもしれませんよ。

できる営業の行動原理

皆さん、こんにちは‼︎

今週は又、季節が逆戻りしたかの様な寒い週でしたね。

私達の本社工場がある奈良県香芝市では、火曜日、水曜日あたりは、時折雪が吹雪いていました。

この3月は偶に、大阪でもどか雪が降る事があります。

その昔、地元の行事で生駒山ハイキングが3月24日にありました。

本来であれば、陽気が良い時期な訳ですが、生憎の寒波襲来で雪になり、雪山登山になった苦い思い出があります。

これは例外としてもまだまだ寒暖の差は酷い様です。

どうぞ、体調管理を万全に気を付けて下さい。

 

さて、話は変わりますが、先般ある本を読みました。

タイトルは「営業リーダー教本」という小冊子です。

それには、できる営業リーダーの行動原理が書かれてありました。

今日はその本から、話を進めたいと思います。

まず、著者は営業リーダーの力と会社業績は比例すると言われています。

そして、営業リーダーは戦略を戦術に展開する力が無くては務まらないとも言われています。

何故なら、営業リーダーの役割は、会社としての方向性や考え(戦略)を如何に具体的(戦術)に展開し、そしてそれを成し得るか?にあるからだそうです。

営業リーダーに求められるスキルは、外部に対して目を利かせると同時に、内部をコントロールする力も併せ持たなければならないと、筆者は言います。

内部コントロール!これが重要なポイントです。

戦略を戦術に落とし込む事によって、営業リーダーの周りにいるメンバーが、具体的な行動として実行に移せ、内部をコントロール出来る形になるとの事です。

これが出来なければ、自身だけ分かっていて周りは何をしていいのか?分からなくなります。

こういったリーダーは比較的多い訳ですが、これでは属人的で場当たりになり、自己満足で終わってしまいます。

弊社でも、内部コントロールが大きな問題になりつつありましたので、少し体制を見直した所です。

情報を集め、整理し、共有し、ゴールまでの間違いのないプロセスや手順を示し、それを誰が、いつまでに、何を、どの様にして‥‥という具体的行動に落とし込む‥‥この様な絵を描ける人を社内の中心に据え、社内コントロールを図るというモノです。

まだ始まったばかりですが、徐々に良い方向に進んでいる感じはします。

営業リーダーだけでなく、リーダーと名の付く人は、戦略を戦術に落とし込み、周りを巻き込みコントロールする‥‥まずもって、必要なスキルだと思います。

冒頭、記述しました、できる営業リーダーの行動原理ですが、これには9つあると言われています。

①率先して学ぶ

②一歩先を見て動く

③背中で社員を引っ張る

④実績で部下の信頼を得る

⑤カッコよく振る舞う

⑥自ら結果に責任を取る

⑦内部の変化に敏感

⑧外部の人間を動かす

⑨第0印象に気をつける

以上の9つです。

上記の項目は、大体が想像が付くと思いますので深堀はしませんが、最後の第0印象?という言葉は聞き慣れない言葉です。

諸先輩方からは第1印象には気をつけなさい‥‥。

初対面での、身だしなみや立ち居振る舞いが大事です‥‥。

とにかく営業は第1印象が大切なのです‥‥と教えられて来ました。

現在は昔と違い、個人情報がネットで溢れています。

フェイスブックなどのSNSやブログ、ホームページで仕事以外の場面を見て、会う前に印象を持たれてしまうのが第0印象だという事です。

なるほど、今時な感はありますが、確かに現代においては、この第0印象にも気を配らなければならないのかもしれません。

 

話は変わりますが、営業リーダーというと、いつもアグレッシブで酒に強く、体型がガッチリしているというイメージがあるかもしれません。

しかし、それは先天的なモノで、後天的に身に付ける事は困難です。

小柄で酒を飲めなくても優秀なリーダーは世の中に沢山おられます。

従って、営業リーダー(各リーダーも同様)が共通して持っているパワーは、様々な努力の中で、後天的に身に付けたモノといえます。

持って生まれたモノではなく、後天的に身に付けられる訳ですから、誰にでも営業リーダーになる素養はあるという事です。

その為には、常に次の視点から能力を向上させて行かなければならないと筆者は言われています。

①見識の向上

見識とは本質を見抜く力です。

これを高める事が何よりも重要だと言います。

その為には、知識とスキルが求められます。

知識とは、文字通り、知っている事です。

知識は豊富な方がいいに決まっています。

そして、スキルです。

スキルとは、出来る事を指します。

一般的に、知識がある事=スキルがあると勘違いされている方が、あまりにも多いと感じます。

知っている(知識)だけでは、仕事の結果において実を結ぶ事はありません。

自身の知っている事を使って、如何にして優れた結果を出すのか?(これが戦術)そして、それが達成された時(出来た時)、本当の意味でスキルが身に付いたという事になるのです。

この出来る事(結果)が、優れれば優れる程、スキルが高いと評価される訳です。

これを追求して行く事で、どんどん見識が深くなって行くのです。

②状況を見極める

置かれた状況がどうか?そしてこれからどうなるのか?を常に見極めなくてはならないと言います。

営業リーダーには、適切な判断、そしてそれに伴う適切な行動が重要です。

③周囲を動かす

出来ない営業リーダーは周囲を動かす事が苦手な様です。

苦手というのは、精度の高い、そして裏付けのある全体像を描けない‥‥よって、それを展開出来ない‥‥という事は、周りに順序立てた説明が出来ない‥‥という事に他なりません。

そういう人は、大体の場合、まず初期の段階で100%自身が理解、把握しない状態で動いているケースが多く、曖昧な内に、相手から‥‥時間から‥‥追われる形で動いてしまう傾向にあります。

周りとの共有が成されていませんので、自身で動かざるを得ず、バタバタしている感を周りに与えてしまい、周りを不安に陥し入れてしまうのです。

その結果、時間が足りず、不得手な所も自身で行いますので、精度も甘くなり、結果が伴わず、自身がいくら一生懸命していても、社内外からの評価は得られません。

周囲を動かすには、情報を100%理解し、全体の絵を描き、それを周りと共有し、自身が行う所、周りにやってもらう所をブレークダウンして、コントロールする‥‥戦略を戦術に展開する‥‥これを行わなければ周囲は動かせません。

この3つを常に追求し、向上して行けば、見識が深まり、必ずリーダーとしての資質が身に付くと筆者は言われています。

どうぞ、参考にして下さい!

犯罪の若年化

皆さん、こんにちは!

はや3月に入りましたね。

まだまだ寒暖の差や日によって気温の差も大きい時もありますが、車に乗っていますと、その日差しは最早、春を思わせる感じです。

確実に季節は進んでいますね。

私は寒さが苦手ですので、暖かくなる時期が待ち遠しい今日この頃です。

さて、話は変わりますがまた痛ましい事件が発生してしまいました。17〜18歳の少年達が13歳の中学生を殺害した事件です。

常識では考えられない残酷な手口です。

私達が10代の頃にはこの様な犯罪はなかったと思います。

現代において、犯罪が若年化して来ていると云う事は社会において大きな問題です。

何故?犯罪の若年化が起こるのか?私なりに考えてみました。

私見として、携帯電話、PCの普及と進化、少子化、親の共働きと過保護、この様な所に起因しているのではないか?と考えます。

現代社会において、少子化は如何ともし難い状況です。

従って、兄弟姉妹がいないお子さん達もかなりの割合でおられます。

小学校では1〜2クラスが当たり前で、そのクラスも30人位です。

そして、デフレ経済から共働きでないと生活が出来ないと云う環境になり、お子さんが1人で留守番をしている‥‥、そして、親御さん達もそれを不敏に思うのか?またはお子さんが1人位なので時間とお金を掛けられるのか?過保護な方が多い感じがします。

こういった所が現在の生活環境なのではないかと思います。

その昔、昭和40年代頃、兄弟姉妹は3〜4人、小学校は40人学級で6〜10クラスでした。

共働きと云うご家庭もありましたが、数は少なく、どちらかと云うと父親は外で働き、母親は家で内職をしている、そんな生活環境でした。

従って、兄弟姉妹喧嘩は日常茶飯事、度が過ぎると母親の雷が落ち‥‥。

そして、兄弟姉妹も多く、じぃちゃん、ばぁちゃんも同居していますので、イチイチ1人の子どもに構ってられない‥‥。

学校へ行くと何せ人数が多いので、当たり前の様に少々のイザコザは頻繁に起きる‥‥、これも度が過ぎると先生から大目玉を食らう‥‥。

そんな生活環境の中、知らず知らずの間に、子ども達は子ども達なりに、たくましくなり、物事の限度や処世術、自身の立ち位置そして人とのコミュニティを学んでいた様に思います。

私達の時代は、両親や先生を尊敬し、そしてその存在が怖くもありました。

怖い存在と云う事では、隣り近所のおっちゃん、おばちゃんも然りでした。

今は、その感覚もちょっと違う様に思います。

親を尊敬出来ない‥‥。

先生を尊敬出来ない‥‥。

小さいお子さん達には、やはり尊敬を抱き、少し怖い存在の大人がまだ必要な感じがします。

その存在が様々な場面での抑制にも繋がる様に思うのです。

この様な現在の生活環境を劇的に変える事には無理がありますが、今出来る事として少なくとも国は少子化対策を押し進めて頂きたいものです。

それは強いては国力の増強にも繋がるのですから‥‥。

次に問題なのはPCや携帯電話の乱用です。

私の子ども達は成人を過ぎましたが、小中高の間はまだ携帯電話はそんなに普及していなかった様に思います。

若年の人達が携帯電話を当たり前に持ち出したのはココ10年位ではないでしょうか?

急速に普及した印象があります。

今や情報が瞬時に飛び交い、ありとあらゆる情報が、分別の付かない人達でも、簡単に手に入れる事が出来てしまいます。

また、携帯電話が無い頃、相手に電話を掛ける時も、「8時やったらまだ大丈夫かな?9時やったら親御さんに迷惑だろう」とか「直接相手がでてくれたらいいけど、親御さんが電話にでたらちょっと嫌やな」とか、電話1つを掛けるにしても随分考えながらしていた様に思います。

今は、携帯電話が普及し、いつでもどこでも直接相手に繋がります。

分別の付いた大人達にとっては便利なモノですが、まだまだ分別の付かないお子さん達にとっては数多の情報に、何をどの様に処理し、対応したらいいのか?分からない事も多いと思います。

その状況でもし自身が間違った判断をして、行動をしてしまったら、大きな問題に発展してしまうかもしれません。

それ以上に私が危惧するのが、メールやラインといった活字でのやり取りです。

人と人とが会って話をするのであれば、その表情から仮に「アホやな」と言われても別段腹を立てる事もないと思います。

しかし、メールやラインの様に相手の表情や温度が読み取れ無い状況で、まだ分別の幼い、言葉も足りない、お子さん達が活字だけのやり取りをする訳ですので、時には、知らない間に根深い思いも生まれないとも限りません。

こんな事を小さな発端として大きな犯罪に発展してしまう事が、ままあるのではないか?と思うのです。

今や、私達を取り巻くビジネス環境においても、デジタルの波から逃れる事は出来ません。

しかし、デジタルに使われ、追われては駄目です。

過去も現在もそして未来においても、ビジネスや人の営みの根本にあるものは、「人対人」です。

10年先であろうが、100年先であろうが、この原理原則は変わる事のない不変のモノです。

まずは、人対人としてアナログで考え対応する、そして、その上でデジタルを使用した方が利便性が高いと判断したら使用する、この様なスタンスで何事にも当たらなければならないと思います。

活字だけ先行し、人がそれに連れて踊らされると云う事があっては本末転倒です。

まずは「人としてしっかりと相手に向き合う」、「親御さん達はしっかりとお子さんに向き合う」、忙しい現代にあっては便利な方へ行きがちですが、原理原則として忘れずに対峙して行きたいものです。