生涯サラリーマン
皆さん、こんにちは!
私は今、東京にいます。
約1ヶ月振りです。
今日、こちらは曇りで、気温も低く、肌寒い感じです。
体調を壊されている人も、ちらほら見掛けますが、体調管理にはしっかりとご留意下さい。
かくゆう私も先週から今週に掛けて、かなりハードなスケジュールでした。
元々、あったスケジュールに私の叔父で弊社の非常勤取締役である方の不幸が入り、かなりのハードスケジュールになったのです。
4月8日は、従兄弟の子供の結婚式で、その日に叔父が亡くなったとの連絡が入り、結婚式を終え、その足で駆け付けるというあわただしさでした。
私からすると叔父・叔母は亡くなられた方も多く、健在の方々でも80才前後です。
一方、親戚の子供たちは20才を越える人達が増えて来ています。
私も50を終えましたので、当たり前と言えば当たり前ですが、世の移り変わりを感じざるを得ません。
叔父の葬儀を済ませ、その後、新入社員の歓迎会、日曜には近くの神社の100周年、前後して中国からお客様が来られていましたので、晩・晩のお付きあい、またその間に極めて重要な会議がありましたので、明け方近くまで資料作成をしたりもしていました。
我ながら、よくこの2週間、身体が持ったなぁという位のハードスケジュールでした。
上述の叔父は、仕事が趣味という人で、最期の最期まで、仕事の話しをされ、84才で亡くなられるまで、現役でした。
その年まで現役ということは、自分で会社を経営されていたのだろう? と、皆さんお思いではないでしょうか?
それが、違います。 叔父は生涯サラリーマンでした。
これがスゴイところです。
まず普通に考えて、その年までサラリーマンをすることは不可能だと思います。
私の知る範囲で、叔父は3~4社、会社を変えています。
そのいずれの会社も、それなりに名の通った会社で、しかも全ての会社で、役員になられています。
その内の1つで、以前、デスク関係で全国的にも有名だったチトセという会社がありましたが、そこでは東京チトセの社長まで勤められました。
どれか1社、役員になったということなら、たまたま、そこの社長に気に入られた?とか、たまたま、その職種が自分にあった?とか、たまたま、運よくいい顧客に当たった?などということがあるかもしれません。
しかし、全ての会社で役員になられるということは「たまたま」だけでは説明のつく話しではありません。
叔父は、毎朝決まった時間に家を出て、入社時間は誰よりも早く、服装、髪形は勿論、ネクタイの歪みすらありません。
そして、その言動は「いい加減」ということは1度もありません。
自分の行動・言葉には責任を持つ、そのような行き方をされてきた方です。
かといって堅物では決してなく、自分を律し、そして、仕事の本質を理解し、よい習慣を身に付け、そのうえで仕事に臨む姿勢、言動への責任ということを愚直に行い続けてきたからこそ、社内・外で信用を得ることができ、どこの会社に行かれても役員まで登り詰めることができ、サラリーマンという立場でありながらでも生涯現役を続けられたのではないか?と思います。
私も叔父ほどのことが出来ているか?と言えば疑問ですが、少なくとも、自分が言った言葉、そして、それに伴う行動は心掛けているつもりです。
結果については、100にならない場合もありますが、「言動の一致が信用」だということは十分理解しています。
また、信用を得るには「言動一致」を長期的に行わなければならないことも、いくら続けてきても、一回の言動一致を伴わない、いい加減な言動をすれば、今まで積み重ねてきた信用が即座に失墜することも、また、次にその信用を取り戻す為には、今まで積み重ねてきた期間の何倍もの時間を要することも知っています。
このことは弊社においても、やかましく話をしているつもりです。
結果を100求めているわけではありません。
自分の言葉には、責任を持ち、周りも納得するような、自分の言葉に見合った行動をしなさいということです。
これが出来なければ、責任のない子供と一緒で、甘え以外の何者でもないと思うのです。
1度、弊社の若い人達に叔父の話を聞かせてあげたかったと思います。
世代の移り変わり営みの中で、致し方ないこととは言え、残念でなりません。
今は、ただ、生前の素晴らしい功績を讃え、長きに渡り本当に御苦労様でした、有り難うごさいました、の言葉を添え、ご冥福を祈るばかりです。
合掌